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広島高等裁判所松江支部 昭和55年(ラ)7号 決定

抗告人 田原力

相手方 田原文一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取消し、本件を松江家庭裁判所に差戻す、との裁判を求める。」と言うのであり、その理由の要旨は、「(一)原審判は、父が入園している老人ホーム「○○○園」での生活に満足している旨認定しているが、同園の介護の現況、在園者の生活状況等に照らすと、父が同園での生活で幸福を得られる筈はなく、抗告人が面会に行くと父は生き生きとした喜びを表情に表わし家に帰りたいと言つているので、原審判の右認定は不当である、(二)原審判は抗告人の家庭で父を扶養することは現実的でない旨認定しているが、抗告人は、別居中の妻子との問題を放置しているのではなく、これが解決すれば、同棲中の女性と結婚して同女に父を介護させるから、父を引き取つて扶養することは可能であり、原審判の右認定は不当である、よつて、原審判は不当であるから、本件抗告の申立に及んだ。」と言うのである。

二  所論にかんがみ記録を精査すると、要扶養者田原幸次郎(以下、幸次郎という)の県立老人ホーム「○○○園」在園の意見及び抗告人が幸次郎を引取り扶養することの現実性の二点を除き(これらについては後述する)、原審判で認定された各事実及び幸次郎が同園で何ら問題なく生活していることを認めることができる。そこで、まず幸次郎の同園在園の意見について検討してみると、記録によれば、松江家庭裁判所調査官○○○○は昭和五五年一月一〇日同園において木村次長、山川生活指導員立会のうえ幸次郎と面接し同人の意思を確かめたところ、同人は大阪に行かなくとも同園にいるのが良い旨述べている、と言うのであつて、原審判の認定した各事実及び幸次郎の同園での生活状況に照らしても、同人の右意思に虚偽ないし瑕疵があるとは思われず、原審判のこの点についての認定に誤りはない。抗告の理由自体によるも、幸次郎が大阪に行くことを希望するものでもなく、抗告人は同人の選ぶ医師立会のうえ幸次郎の意思の再確認を求めるものであるが、前記家庭裁判所調査官がその意思の確認をしてから格別事情が変わつたとも認められず、その必要はない。次に、抗告人による幸次郎の引取り扶養についてであるが、原審判が認定した各事実と、これに、記録によつて明らかな、同棲中の内田良子は、高齢で半身不髄の実父を介護した経験を有しており、幸次郎の介護についても了承している事実を併わせ考えると、抗告人が幸次郎を引取り扶養することが不可能であるとは思われない。しかし、そうだからと言つて、直ちに同園に在園するよりも抗告人が引取り扶養するのが、扶養の方法として相当であると言うことはできない。

三  扶養の方法等を定めるに当たつては、要扶養者の需要、扶養義務者の資力のほかにこれらの者の意見、従前の人間関係、とりわけ本件においては同園と抗告人の自宅のそれぞれの物的・精神的環境、介護能力、地理的関係等総合的に彼我対照して判断すべきであると言うべきで、そこで、原審判の認定した各事実によると、幸次郎、相手方田原文一は幸次郎がひき続いて同園に在園することを希望しており、同園の環境等についてみてみると、物的施設が充実していると言うべきで、とりわけ医療面では優れた環境下にあると言える。そして、介護の点についても、同園は公的施設でもあり、その職員数と在園者数に照らしても、決して劣つているとは思われない。更に、同園は、地理的にも幸次郎が住んでいた○○○町に近く、相手方らの面会にも便宜である。他方、抗告人の自宅のある大阪府堺市は、幸次郎が生活した土地ではなく、親和性に乏しいと思われるうえ、その自宅は、いわゆる団地の三階であるから、幸次郎の歩行能力に照らすと、そこに引取り扶養されると、寝たきりあるいは閉じ込もりきりになる蓋然性が極めて強く、接触できる人数も極く小数となることは明らかで、精神的にはかえつて好ましからざる状況に陥る恐れが大きい。その他、幸次郎の同園における生活状況、並びに同人と抗告人及び右内田良子との間の従前の人間関係等に照らすと、原審判が抗告人が幸次郎を引取り扶養するのは現実的でないとしたのは相当である。

四  以上のとおりであるから、幸次郎の扶養は同人をひき続いて前記「○○○園」に在園させてその費用を相手方に負担させて行うのが相当であり、抗告人が幸次郎を引取り扶養することは、抗告人の心情が理解しえないわけではないが、相当でないと言うべきである。従つて、抗告人のした幸次郎の引取り扶養の申立を相当でないと判断している原審判は結局相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤原吉備彦 裁判官 萩原昌三郎 安倉孝弘)

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